「また今度」は2度と来ない・・・

2014年2月24日

芝居を共にした、かけがえのない人を、先週、亡くしました。

まだ、50前後だったと思います。

僕がタイを旅していたとき、現地で社会貢献活動をする方達と行動を共にした事があります。

2003年アジアを旅していたとき
2003年アジアを旅していたとき

その時、何の目的もなく、ただ、この場にいるだけの自分が情けなく思いました。自分もこの国で何かできることをしたい。

あちこち情報を集めて見つけたのが、首都バンコクの日本人劇団でした。

彼女はそこの代表だったんです。

いくつか芝居を公演してきたけど、実はミュージカルがやりたいの。でも、曲を作れる人がいなくてね・・・という一言に、バンドでオリジナル曲を歌っていた僕は「曲なら作れますよ!」と勢いで言った。
そこから、劇団はミュージカル劇団へと変わっていきました。 Continue reading “「また今度」は2度と来ない・・・”

最初から「さん」ではなく「君」でお願いします。

2014年2月8日

歳近いのに「~~さん」と呼びあってるようでは、先には進めないはてなマーク
仕事上では、敬語をしっかり使い分けているつもり。
DASH!、仕事から離れたときの、この口がとにかく「悪い」。
本人に自覚症状はなく、仲良くなりたいだけなのである。
話を聞いているとき、「はい」ではなく、「うん」と言っている。
要所要所では敬語をつかうけども、要所要所にいわゆる「ためぐち」をスパイス的に入れてしまう。
9割方、相手との距離を近づけるけども、残りの1割からは、生意気だと思われて、たとえば、それが、社会活動とかの組織内の関係だったりすると、要注意人物に名を上げられて行動を監視されるのだガーン
ホリエモンに田原総一朗が言った
「ネクタイをしていれば、逮捕まではなかった、なんでネクタイしなかったの?」
っていう質問。これは別に「しろ」という意味ではなくて、ライフスタイルについて、アンサーを引き出したかった質問だろうけど、この質問にたいするホリエモンのアンサーには共感した。
自分の立ち居振る舞いに、理由がある人がいる。
ただ、失礼なだけな人とは違う。端から見れば一緒かもしれないけどあせる
自分のポリシーを社会に迎合する必要なんかないのだ。
結局、嫌われるリスクを背負うのは自分なのだから、とやかく言われる筋合いはない。
リスクを背負ってでも僕は人と仲良くなりたいビックリマークそれだけだよ。
海外の友達には、もちろん敬称はつかわないのだけど、すぐに打ち解ける理由の第一要因はそこにあると確信している。
今日、友人の市議会議員さんと、日帰り温泉に行ってきたんですけど、車中で
「あのさー、いろいろ考える事があって、”さん”じゃなくて、”くん”でいい?」
って言う。
4,5歳年上なんですけど、「”くん”も”さん”もいらないですよ」と言いたいところだけど、それだと流されそうだったので、「ぜんぜんOK」とだけ。
ただ、なんかちょっと嬉しかった。
大人になると、一度つかってしまった「さん」は、引っ込みようがなくなる。
これを引っ込めることができれば、まだまだ友達は作れるのだろう。
でも、それ、いちいち宣言しなくていいですから。
年下からいきなり呼び捨てされたら、ケンカ売ってるのかと思うけど、年上のかたは、まずは、「君」でお願いします。そこは日本なので年功序列でいいんではないかはてなマーク

アラフォー大学生(3)

2014年2月5日

社会に出て、仕事も決まり、自分の身につけるべき専門分野も決まってくる。
そこから、その専門分野を学ぶ事はもっとも大事なこと、というよりも、当たり前のライフスタイルになって来ます。
更に、その周辺領域もカバーしていくのも大事!ビックリマーク
でも、去年暮れに放送していたイチローの単独インタビュー、NHKのプロフェッショナルを見ていて感じた事がありますひらめき電球
この人は、野球以外の事も、しっかりと取り入れている目
野球だけを通してあそこまでの哲学的な思考を手に入れたとすればそれこそ天才でしょう。
でも、イチローが努力の人であることは、そのライフスタイルからもよく知られている事。
専門分野以外からも教養を仕入れているのだろうな・・・と思います。
それは、人から学ぶ事もあるだろうし、書物から学ぶ事もあるでしょう。
いずれにせよ、学んでいるはず。
本屋さんに行って、決まった分野のコーナーに必ず足を運んでしまっていた時期がありました。
あの頃の頭はこりかたまっていたなーなんてことをよく振り返ります。
専門分野しか話せない人は、話していてつまらないことが多い。
ただ、だからといって、今の仕事やライフスタイルに一見、関係のない分野を学ぶ事ほど苦痛な事はないなと感じます。
そんな時は、大学で、あらよっ!とその科目を履修してしまい、いやでも勉強しなければならないようにしています。
結果的に、いつも、手に入れている専門分野以上に発見があり、その応用を自分の専門領域に使う事で他と差別化していけるのです。
広く学ぶ事もまた、重要なのですビックリマーク

「自分だったらこうするのにな細胞」を脳に発生させる。

2014年2月3日

どんなものでも、中級を見ると勉強になる。
というのは・・・
中級を見ていると、自分だったらこうするのにな・・・がウニウニウニウニ脳みその中から細胞のような生まれ方しませんか?
ホントに、そうなんです。
脳みそが活発に動きすぎてしまいには泡を吹きそうになる。
とにかく、メモさせてくれ!!っていう禁断症状が出る。
とりわけ、芝居なんですけど。
駄目な芝居は、単純に「早く終わってくれ」と思うだけなんですけどあせる、良すぎず、悪すぎずの中級が一番、脳を活発にするんです。
たまにそれがいやで、(疲れるから)超一流を観に行くんですけど。
でも、中級はもっとも音譜勉強になります
それを思っていたら、多分、なにごともそう?なんて気付いてしまった。
中級の小説、中級のドラマ、中級の映画、デザイナーだと中級のデザインとか?
けっこう、この中級をみるというのがばかにできない。
疲れるけどあせる

アラフォー大学生(2)

2014年1月24日

来週、学期末試験。
僕はアラフォー大学生。
社会人大学生なんて、アメリカやヨーロッパでは当たり前のような話だけど、ことさら日本では第一声が「へーシラー」となる。
個人的には、大学出てから、一切、学ばないライフスタイルのほうが、「へー」と思ってしますほど、恐ろしいことのように感じてしまう。
たしかに、社会に出れば、実戦訓練は否が応でもする事になるけど
17や18で選択した「科目」が正解だったなんて人はいるのだろうかはてなマーク
僕も、正直、入る学部、間違えちゃった~爆弾と思ってますガーン
ただ、そこで出会えた友人知人がいるので、全否定はしないけど得意げ
社会人になれば、新聞や本を読む事はあると思います。
最近は、新聞離れ、読書離れと言われているので、もっぱら情報はテレビやネットという方が大多数かもしれません。
でも、新聞も本も、テレビもネットも全部、「状況説明」や「過程と結果」が記されているわけではなく、一つの考え方を軸にした論調が披露されているわけですよね。
僕はこれがある意味、イヤというか、危険とさえ思ってる。
ある事象を見て、知って、「考える」のは自分だから。
まず、それを知った段階で考え方まで植え付けられるのはある意味、洗脳にも近い印象を感じる。
自分が自分であるために、僕は学びます。
新聞や、本、テレビやネットよりも、教科書!!
ときおり、義務教育の教科書問題が浮上しますが、偏った考え方を植え付けるようなことをしないようにチェック機能がありますよね。
もちろん、公にチェック機関があるのは義務教育の教科書ですけど、教科書とはそういうものです。
個人的には、放送大学入って良かったなと思ってます音譜

著作権 | 生まれた「命」は、使われる事を望んでいる。

2014年1月22日

もう、かれこれ7,8年前か、地元のホールを使ってイベントを開催しました。
自分が代表になって比較的大きなイベントを開催したのが初めてだった時でとても驚いた。
電話にです。
それも、開催翌日の事です。
相手は、某有名な著作権を管理している団体でした。
「なにか、楽曲を使用しましたか?」
って。
なんと、こんな小物まで、リサーチかけて電話かけてくるのかーーーー!ってビックリした。
その時は、完全にオリジナルだったので、何も使ってませんで済んだのですが、けっこう焦った。
なにも悪い事してないのに警察に職務質問された気分でしたよ。
あれから更に、映像を作る時も、芝居をうつときも、オリジナルにこだわり続けてきた。
単純に「職務質問」を受けたくないからというのもある。。。
ただ、こういう著作権と上手に付き合えば、カバーアルバムなんかを出せるのか・・・とふと思ったりもしますが、触らぬ神に祟りなしとも思っている。
この著作権について、音楽や脚本を作ってきた人間として、おもうことは多々あります。
あるけど、特にこれと言った断言を持っているわけではないのですが・・・
好きな著作権に対するシステムがあります。
それは・・・クリエイティブ・コモンズ。略してCC
自分の作品がどう使われるか?ここまでならOKですと表示するシステムです。
今回、このシステムを取り入れて、僕のシナリオ作品、今のところ、公開できるのは20~30くらいかな・・・全部、CCで公開します。
現在、準備中。
クリエイターの方、作家、音楽家の皆さん、権利を固持し続けずにパッと明け渡しません?僕と一緒に。多分、生まれた命は、使われる事を望んでいるような気がする。