難易度は、過疎地より高い!?ベッドタウンの街興し。

2013年9月17日
難易度は、過疎地より高い!?ベッドタウンの街興し。

ここ10年くらい、個人として、また、NPO法人の理事として、はたまた、商店街の方達や市の職員の方達とともに、いろいろなスタンスで、いわゆる「街興し」をやってきました。

個人としては、地域のイベントに参加したり、また、地域のNPO法人で、ミュージカルを作ったり、小さなイベントスペースでイベントを企画したり、ケーブルテレビに出演したり・・・ホントよくやってきたな・・・と思います。

ここまでたくさんのことをやってくると、それはそれでたくさんの失敗もあるわけですけど、それを経験したからこそ、肌で実感する街の特徴っていうものが見えてくる。

土地それぞれに街興しの方法は全く違うと思っていた方がいい

街作りをするチーム他の地域の街興しの様子なんかを、ドキュメンタリー番組なんかでよく見ますが、地域地域によって、抱えているものや、なによりも人間性、地域性というか、文化、歴史、まるでちがうわけで、参考になることのほうが少ない。
感化されて、実行して、うんともすんとも言わないと、自分が悪いのか、テレビが大げさだったのか、いずれにせよ、無力感に苛まれる。

そんな経験を通して、気付いたことは、街興しとは、ヒントは目の前の空間の中に全てあって、それを目で見て、ふれあって、感じて、問題意識を持って、それで初めて動き出せる。
だからこそ、行政機関とかが、机の上で電卓叩いただけの地域振興が成功するわけがない。

そういう有志の企画に積極的に参加して、空気を感じていかなければ、どこかのセミナーの話だけでわかったつもりでいたら税金が無駄に終わるんでしょう。

とりわけ、ベッドタウンというやつは、本当にやっかいな場所だと思ってる。

ベッドタウン・・・寝るだけの帰ってくる家。地元には無関心?

都会にほど近いので、地元に仕事がなくても、とりあえず仕事を探すことはできるわけで、(日本全体として仕事がないという状況は別にして)地元に仕事がなくても、就職活動に困ることはない。

また、都会に近いので、地元が盛り上がっていなくても、土日に関しても支障がないわけで、困ることはない。

では、困る人は誰だ?地元で生計を立ててる人たちだ。見る見るつぶれて、大きなデパート、テナントにはチェーン店が並び、都会に仕事に出るお父さんの家族達はそこで用を済ますんだ。
昼間は常に人が出て行く。普段の買い物は大きなデパートだ。そこで買い物して、地元にお金がまわるだろうか?

これが、ベッドタウンの姿で、無関心の人も含めて、これはこれで良いと思う人と、これでは、街が廃れていく、子供たちにとって良いわけがないと考える人たちとで真っ二つに分かれる。

一丸になれない理由はここにあった。とにかく、この「別にいいや」が市民のほとんどを占めているベッドタウン。

むろん、街興しをやっている僕は、後者だ。今までは、とにかく、そんなベッドタウンならではの、都会に流れる人の流れに逆らい、とにかく市民が街から出ずに地元で過ごせる、市外の人が遊びに来るような街作りを目指してきました

街興しは、隣接地域と競争することではないようだ

でも、なんだか、そこじゃないような気がしている。
そもそも、地域振興活動程度のものが、市外の大手ショッピングモールやテーマパークに勝とうと思っても勝てるわけがない。

これは方法が違うのではないか?

それで、ようやく気付き始めたことがある。

自分が外に出て、外から呼び込む形 o mo te na shi?

今までやってきたことから抜け出して、形を変えてみようと思っています。そんな話をいつも一緒に活動している大学の先生に話そうとしたら、まったく同じことを向こうから話してきたのでビックリしてしまいました♪

地元での活動を主にするのは、この辺かなーと思っています。

お客さんが少なくてもステージでやることは変わらない。

2013年9月16日

2013年9月14日、湘北短期大学で青春のパフォーマンスというイベントの司会をしてきました!
これは、僕が3年か4年近く、厚木市の地域振興に関わってイベントの運営のお手伝いをしている「あつぎ青春劇場」の中の一つの企画です。

当日、出演予定だったグループが何組かこれなくなった、いわゆるドタキャンだよ・・・

おぃ。

プロやセミプロが出演するイベントではない、素人参加型イベントの時は、ホントにこんなトラブルがつきもの。でも、司会は心が折れないようにがんばるのみ、動じずに、選択肢を探るのみ。

当日は全4組の予定が、来てくれたのは高校生のダンスサークル一組のみでした。たしかに、運営サイドにも問題があるんだけどね。
お客さんが少ないのは、駅からバスでしか来ることができない場所なので、わかっていたんだけど、出演者同士で盛り上がってくれれば良いと思ってただけに、焦った。
一組だと自分達が演技しているときに誰も見る人がいないから。

結果的に、僕が普段やっている表現のワークショップを取り入れて、披露すると言うよりも、参加するというイベントに切り替えて、なんとか市報にも公開されている1時間の枠はおさめました。

どんなときでも、、出演者が来れなくなったり、お客さんが少なくなったりしても、心が折れたら負けで、イベントはぐだぐだが始まる。
全ては、司会やプロデューサーの心次第だと思う。

心が折れないようにがんばれるのは、かつて江古田マーキーでマンスリーでソロライヴをやっていたときに、タイバンが一人も客を呼ばず(というのも初めて)、更に、来てくれたのが僕のお客さん3名というこれも初めての自己ワースト集客記録で唄った経験があったから。
あの時は、正直言って、心が折れた。
完全にやる気を消失した。そんなライブをやった後、店長にいわれたんだ。

ツルギ、お客さんが少ないからって、いくら自分の友達だけだからって、ステージで気を抜くなよ

当たり前の言葉なんだけど、当たり前すぎて、大馬鹿だった自分に気付いたときだった。
あれから、郊外のイベントとかで、テレビカメラもない、お客もほとんどないところでも、心だけは折れない、最後までやる!ステージはそういうものだ!そういうふうに思うようにした。
多分、お客さんが一人でも最後までやりきる精神力があると思う。終わった瞬間、泣くけどね。
ステージに対する意識は、僕にとっては、少しだけ宗教的かもしれない。

東京は安全のお墨付きなのか?2020オリンピック東京開催について思う。

2013年9月9日
東京は安全のお墨付きなのか?2020オリンピック東京開催について思う。

2020年、オリンピック東京開催が決まりましたね。

世界が東京は安全だと認識した?

日本人でも、福島周辺だけでなく、僕の住む神奈川県でさえ、更に西へ!と引っ越していった人がごく少数ですが、いるにはいます。

オリンピック開催地の選定に向けて、多くの専門家がその開催候補地をあらゆる角度から調査した中に、放射性物質の影響を調査しないわけがない。
質疑応答だけで、安全だと判断するわけがない。

憶測に過ぎないけれど、影響はない、もしくは、少ない、そう判断されたのか・・・と少しだけ、ホッとした。

とはいえ、汚染水問題には、頭を抱えるし、実際、東北沖の海産物からは距離を置いてしまうのは小さな子を持つ親の心境でもある。

これから日本が良くも、悪くも、変わっていくのは確か。あらゆる専門家が自分の専門領域でどんどん国の発展に貢献して、国際社会で活躍していく様子が目に見えてくる。

今こそ、広く浅く見ることも大事だけど、存在感を示すならば、なにかの専門領域にドップリ浸かって、自らの存在価値を示すことが国際社会を生きる大前提だと思う。

6年で集大成を完成させ、7年目で活躍する。

そんなライフプランはいかがでしょうか?

Facebookは何書いて良いのかさっぱりわからん。

2013年9月3日
Facebookは何書いて良いのかさっぱりわからん。

昔は活発にネット交流をしていた元チャット人

引きますよね。でも、当時のネット交流はパソコン通信的な感じで、オタクでもないし、援助交際のツールでもなかった。

話題のほとんどが、「インターネット」それ自体だったから、普通に会話が成立するし、気が合うわけです。

ウェブが流行りだしたWindows98時代のユーザーはだいたいそうです。

ウェブサイトを持っているだけで驚かれる時代でした。

今ほど、マナーがどうとか言われていない時代です。

今日、ネットは当たり前になって、話題ごとにコミュニティがある。

そうなると、どこでどうコミュニケーションを取って良いのか難しくなる。

先駆けの人ほど、SNSをやらないという逆転現象が起きている。

昔は自分たちだけの世界だった・・・みたいな郷愁です。

facebookは何を書いて良いのやらわからないツール

そんな現代のコミュニケーションツールの代表格のfacebook。

チャットでもない

「つぶやき」というほど軽いことを書く感じではない(書いている人いるけど、いいねがつかずに寂しそう)。

小さな発表はそんなに毎日、ありません。

たとえば、自分が何かを書くと、それが友達のタイムラインにも載るわけですよね、「だからなに?」って思われることを懸念して、そこそこの発表がなければ、ほぼ、書くことができない。

むしろ、Twitterのほうが、気楽な感じがします。

みんながみんな、その「だからなんだよ?」を発信しているのでTwitterは気楽ですね。

 

2017年8月12日の追記です。

何をどうでも良いこと書いているのやらと我ながら恥ずかしくなり、多少、編集しました(笑)

今では、Twitterとfacebookはくっきり使い分けされているし、それが多くのユーザーの共通認識になってきているようです。

それはつまり、以下の通り。

  • facebookは知人との交流
  • Twitterは面識のない人もOKの不特定多数の方との交流

僕にとって、facebookはもはやメールサービスです。

上記のような意味で、以前、クライエントさんに、facebookは新規獲得を目標とするビジネスツールとしてはそぐわないというアドバイスをしたことがあります。
その方は、facebookの「信者」級で、どこぞのfacebookマスター先生のセミナーにも通い、見ず知らずの人達、数千人と繋がっているので、なにか書くといいねが3桁軽く付くんですね。

でも、これがビックリ。集客効果はゼロなんです。

でも、僕の知人がその方のことを知ると、facebookでいいねがたくさんつくから、「人気があるんだね」と誤解する。
いわゆる「はったり」のツールとしては使えるだなと思いました。

その他、facebookビジネス運用失敗談はいくらでもありまして(笑)

100,000いいねされている、facebookでオススメしてもらったfacebookアプリや、記事につくいいねって、30くらいなんです。

アプリも以前、せっせと作ってやっていたんですけど、暖簾に腕押し。

いいねは単なる1クリックです。

ネットで顧客を新規獲得したい場合は迷わず、ツイッター→ブログ→ウェブサイトの導線です。

個人ではほとんど使っていないfacebook。

誕生日のおめでとうコメントだけ年一でいただくので、それにお礼するのが年一回更新される僕のタイムライン。

使っていないだけあって、おめでとうも3,40件程度なんですけど、それを見た先ほど紹介したfacebook信者の元クライアントさんから一言。

「facebookはビジネスに使えないと言うけども、いいねがその程度の人に言われたくない」て。

「個人では使ってないし・・・年一回だし」って言いたかったけど、まぁ、確かに、友達は多くはないですよね。

少なくないとも思うけど。その時は、既にクライアントさんじゃなかったからスルーしましたが・・・

集客ツールとしてのfacebookを否定されたことが相当、悲しかったらしい。

facebookページで散々、ビジネス活用して数百いいねのページは運用してきたので、誤解なんですけど、それ以来、更に個人アカウントで発信するのが嫌になった。

この人、人気ないとか、人気あるとか、そういう尺度で見ている人もかなりいるようです。

それって、恐いことだと思いませんか?

 

 

僕の周りの離婚事情。うちは絶対大丈夫の自信。

2013年9月2日
僕の周りの離婚事情。うちは絶対大丈夫の自信。

夫婦仲良しの秘訣。

やっぱり、恋愛感情っていうのは、起伏があるのは当然で、盛り上がったり、冷めたりするものですよね。
夫婦っていうのはその恋愛感情を超えたところにあるコミュニケーションだと思ってる。

感情だけでは、成り立たない、そこには、マナーがあると思ってます。

実際、僕の周りでは、結婚生活がうまく行かない人が多くて、離婚の現場を幾度も見てきました。

いろいろな理由があると思います。

ただ、一つだけ、夫婦間で、絶対に、思わないようにしていることがあります。

夫と妻がフィフティフィフティでいようと思わないこと。

得意分野、不得意分野、物事に対して掛かる時間、考え方、味覚、言い方、表情、全部違う。

自分と同じだけやってほしいとある分野で思うこともあるかもしれない。
でも、その分、相手と同じだけやれていない分野だってきっとある。

自分が10やれることでも、パートナーが1すらできないこともあるかもしれない。

その逆もある。

なんでできないんだよ!と思う前に、できないことを認める。

子供だったら、がんばれ!っていう。努力して達成すべきことだったら応援する。
ただ、不得意分野だとしたら、そうなんだと認める。

自分が1しかできないことをパートナーが10できる。

すごいね
そう思うこと、そう言って、心から感動する。

分担作業は必要だけど、その作業の質や結果を半分半分になんか絶対にできない。
だから、わたしばっかり、おればっかり、そんなことを思ったらきりがない。

もし、将来、どちらかが先に年老いて身動きがとれなくなったとき、病気になったとき、生活の中でやるべき作業の割合は10:0になることだってある。
そうならないように、普段から生活習慣を整えるのはパートナーの為でもあるけど、もし、そうなったときは、なんで自分ばかりやらなければならない?なんて言ってる場合ではなくなる。

自分が10やることになっても、相手がなにもできなくなっても、相手の全てをうけとめられないと夫婦なんかできるわけない。

だからこそ、相手の得意分野、不得意分野、物事に対する掛かる時間、考え方、味覚、言い方、表情、全部、認めることが大事だと日々、思ってます。

だから、ホント、結婚生活とか、もっと大事にしてほしいよ・・・最近、国際結婚した我が妹には、手本になるような夫婦でいたいと思います。

テレビのアンテナコードからFMラジオ。アンテナをスカイツリー使用にしてから、入らなくなった・・・

2013年8月30日
テレビのアンテナコードからFMラジオ。アンテナをスカイツリー使用にしてから、入らなくなった・・・

ラジオがどんどん遠ざかる。

ロスジェネと言われる僕ら世代のほとんどの男子がオールナイトニッポンを聞いたことがあるはず。
それぞれお気に入りのパーソナリティがいたんです。

だから、僕ら世代にとってはラジオの存在感はそれなりに大きい。
でも、僕らの次の世代からは、どうにもラジオが身近ではないらしく、僕がラジオ番組をやっていたとき、たとえば、ヴォイストレーニングの教え子に、聞いてね!と言えど、「ラジオ持ってないんです」なんて返答が当たり前のように、返ってくる。
それも十中八九以上、百発百中、「ラジオ持ってないんです」だったよ。

ほんと、ラジオ、もう、駄目なんだなーなんて、ちょっと残念に思ってます。

去年から、放送大学に入学して、ラジオの授業も受けているのですが、突然、放送大学のFM放送が入らなくなった。
放送大学だけではない、TFMもNack5もjwaveも入らない!
コンポの背面にある、アンテナ端子にテレビからのアンテナコードを差し込んで使っていたんだけど、アンテナをスカイツリー用に切り替えましたってマンションのオーナーから連絡が入ったくらいから、FM放送が、FMヨコハマ以外入らなくなった・・・

なんでだーーーー!!!!!

こっちは、どんどんラジオに近づいて行ってるのに、ラジオの方から遠ざかっていくんだ。

仕方がないので、ラジオは、radikoで聞くようにしたんだけど、radikoだとタイマー録音ができないんだよ。
パソコンを立ち上げておかなければならないしクリックしないと再生しないし。

んじゃ、もー、ラジオ番組は基本、全部、Podcastで配信してくれ。
頼む。

ラジオ環境がどんどん悪くなる。

なんなんだ!

震災でラジオの存在価値が高まったんじゃないのかよー。

この前、伊豆へ旅行に出かけましたが、カーステレオからはもちろん、ラジオ。
だって、海外線を走るんだもの、リスクヘッジでラジオですよ。もちろん、ラジオが一番、心地よいのだし、後ろの席はだいたい爆睡しているので、運転しながら人とつながっている感が楽しめる。

でも、まじめな話、地震大国ニッポン。海外線を走るときは、音楽掛けずに、ラジオをつけていた方が良いですよ。

もっとラジオを!!!録音環境が悪すぎるので、番組サイドは基本、Podcastで配信を心がけていただきたいです!!!