なぜか韓国、日本びいきな街:カジュラホー・インド

2008年1月23日


ジェンシーからカジュラホー行きのバスに乗っていたら手前のバスステーションから客取り合戦が車内で始まってしまった。

とりあえず、適当なゲストハウス名をあげて「ここに決めてあるから・・・」と言ってかわしていたら偶然そのゲストハウスの関係者が居合わせて泊まる羽目に・・・後でわかったことですが、このゲストハウスの居心地の良さは今回ナンバー1だった。その名はSHANTIオススメです。

そうは言ってもバスが到着するとそこには外人様待ってました!と言わんばかりのゲストハウスのスタッフの人だかり、降りると同時に客取り合戦再スタート。

四方八方から囲まれて動けない・・・

そのまま胴上げされてしまうのかと思ったくらいだ。

聞くと日本語もちらほら聞こえる。「ワタシノホテルハ、ユカカラ、ダイリセキガ、デテキマス」 と言うのはマーブルパレス。こいつの日本語はとにかく笑えた。

客取り合戦をしながらにぎやかにゲストハウスに着くと隣には韓国料理と日本食のレストラン。シヴァジャンタ。

日本語のメニューを書いてあげるくらいに仲良くなったのは三日三晩通ったせい。

カレー地獄から抜け出せたひと時のカジュラホー。

イタリアンもあるし、日本語の貸し本屋もある。

ほんとにここはインドなの?というひと時の安らぎ。

他のどこでもインド人に話しかけられれば、何を売りたい?どこに連れて行きたい?何をたくらんでいる?と構えていたけどやっと出会える普通の人たち。

もちろんショップスタッフはいささか強引だけれども他に比べれば快適な街。

遺跡はたくさんのセックスの体位を表したレリーフ。その他、動物と人間の交尾のレリーフなど目を引くものが多いけど特にエロスを感じない。

旧市街はカースト制の残る町並みでとりわけ危険な場所はないように見える。

坂を上れば1階級上のカーストの人が住んでいる地域。

位の高い人は土地も高地に住むらしい。

ゲストハウスの隣のインターネットショップはちょっと今は使えないみたい、明日までに直しておくよと行く度に言われてあまり稼ぐ気はないらしい。

みんながみんなのんびりしている。

観光客に頼るしかない未来のない街とあるインド人が本音を漏らしていたっけ。

それでもまだ、タージマハール頼みのアーグラーに比べれば外国料理は取り入れているし商売は上手なほうだと思う。

気がつけばインド名物1日数回の停電もカジュラホーは1日1回くらいだったような気がする。

インドはもう無理・・・という人でもカジュラホーなら快適なはず。

なによりもカレーに疲れたらカジュラホへGO!

うそつきの特盛り ジェンシーからカジュラホー

2008年1月23日

アーグラーからコルカタに向かう場合、次に向かうポイントはだいたい二つに分かれる。バナーラスに一気に行くか、カジュラホーに寄っていくか。

カジュラホーは交通の便が良くないのでどうやら飛ばしてしまう旅行者も多いようだけど、ぜひ寄ってもらいたい僕のお気に入りの街。その際に一つの難所がありますが・・・

アグラ・カント駅から2時間半でジェンシー。ジェンシーからカジュラホー行きのバスは2箇所から出ています。駅前と駅から4~5km離れたバスステーション。

アグラ・カント8:15発の列車がディレイで8:35に出発した。ジェンシー到着時刻はそのせいで当初の予定より20分遅れて11時。

ジェンシーではまず駅のツアリストオフィスでバスの時刻を確認して2箇所あるうちのどちらかの乗り場まで行くようにとアグラのゲストハウスのおじさんに聞いていたのでまずツアリストオフィスを探していたら一人の男が声を掛けてきた。

ツアリストオフィスか?こっちだこっちだ!と後をついていくとなんだか同じところをぐるっと回っているような錯覚・・・いや、錯覚ではない。ここだと言うとさっきこの男が声を掛けてきたところではないか

意味がわからなかったがとりあえず時刻表を確認すると・・・

11:00 駅前

11:45 バスステーション

とある。時刻は11:05。なるほど、おぃ、おめーはリキシャだろ?と聞くと「そうだ、11時のバスは行ったから俺のリキシャでバスステーションまで行こう、60ルピーだ」と言ってくる。

ふざけたやつだ・・・だが、インドのバスが正確な時刻に来るわけがない。駅前のバス乗り場をツアリストオフィスで聞き向かったところ白人旅行者の母娘といった感じの二人がカジュラホーへ向かうためバスを待っている。10時から待っているから11時のバスが行ってしまったわけがないと言うがその周りにはリキシャのおっさん、タクシーのおっさん、外人を見に来た野次馬ギャラリーなどなど盛りだくさんの大盛況。

バスは来ないよ。一人400ルピーでカジュラホーまで行くぞとタクシードライバー。11:45のはVIPバスだぞ。ここで待っててもインド人しか乗れないバスだぞ。挙句の果てに今日のバスは来ないようだ等わかりきったウソウソウソ。

だぁー!!!うるせー!!!散れ散れ散れ!と言いながら待っていたらカジュラホ行きのバスが来た!こらー!うそつきー!へへへ~んと乗ろうとしたのも束の間・・・

満席、流れ乗りをしなくちゃいけない、背中には大きなバックパック。躊躇し・・・やめた。あれで4時間はきついかもしれない。

くそぉー・・・このままではこいつらの思う壺ではないか・・・

ならば、11:45のバスがVIPと言ったやつを探し、おい、お前!バスのチケットを買ってバスの座席に座れた時点で金を払う。もし、バスに乗れなかったら金は払わない。乗れたとしても席に座れなかったら払わないぞ!それでもバス停まで60ルピーで連れて行くか?と聞いたら「まかせておけ!」の一声。

大急ぎでバス停に行くと、バスは話とは違うローカルバスだけどそいつはせっせとバスを見つけ座席を確保し約束どおり座ることができた。

あとは4時間耐えれば目指すカジュラホー。ジェンシーのうそつきに疲れ眠っていたらすぐに着いてしまった。

平気でウソをつくインド人に慣れてきてはいるけれど1周同じところをぐるっとまわってここだって・・・怒る気にもなれない。

聖なるガンガの濁り バナーラス ヴァラナシィー

2008年1月23日


予定より1時間遅れで列車がバナーラスに到着。列車の中でインド人はヴァラナシィーと言っている。どうもそっちのほうがしっくりくる感じだ。

駅に着くと同時にリキシャワーラーが群がってくる。が、実は今回プチリッチ旅行をしている僕はホテルが既に手配済み。お迎えも来ることになっていた。

いらない!いらない!迎えが来るから!と言っても引き下がらないおっさん。

あたりを見渡し20分程度迎えを探せど僕の名前を持ったホテルスタッフが見つからない。その間、おっさんはずっと僕の後をついてきていた。いつのまにかおっさんと言うよりおっさんたちである。大行列。体は一つ、リキシャに乗るとしても1台にしか乗れないっつーに。。。

仕方なしにホテルまでリキシャで行くことにした。後ろについてきている間、勝手におっさんたちは値段合戦を始めて一番安いやつは10ルピーにまでなっていたので「じゃ、きみ、10ルピーで」とホテルに向かう。

ホテルで休み、ガンジス川、通称ガンガへ。ヴァラナシーのメインはガンガの沐浴風景。昼でも沐浴をしているおっさん、おばさん、にいさん、ねえさん、ウシさん。

ウシさん?そうです、沐浴をしている隣りでウシ君たちの群れが水浴びをしているのです。

もちろん、糞も尿も垂れ流し。その水を口に含み太陽を仰ぎ祈りをささげるおっさん。

オエェー

「地球の歩き方」にはここまできたなら沐浴をしないと!などと書いてますが体に自信のある人にだけオススメしておきます。日本人からは下痢をしたという人の話しか聞いてませんが中には大丈夫だった人もいることでしょう。

船に乗り沖まで。11月は乾季のため水かさが少なく中洲のきれいなところで沐浴をしている白人さんもいました。途中、死体がプカプカ浮いてましたが聖なるガンガにわざと身を流したわけではなく後で聞いたら最近、何かの事故があったそうでその死体だろうと。。。

水死体が流れてきたとき「あ、死体だ・・・」と軽く思えた僕も僕ですがここで目にするのは死体だらけなので目が慣れていたせいでしょう。

ヴァラナシィーでは屋外で行われる火葬。近くで見ようとしたら”Do you have mind?”「お前は心を持っているのか?」と怒られてしまった。確かに自分の親族の葬式や火葬に外国人の観光客がのこのこやってきたらいい気はしないでしょう。ガイドブックに載っていたからといって軽々しく見に来てしまった事に反省してすまなかったと立ち去リ遠くから眺めていました。

すると、にいさん、にいさん、見るには10ルピーだよ。と12歳くらいの子供がやってくる。

うるせーくそがきと子供と対等にけんかを始める私31歳。

そんな中、毎日、外国人が物珍しさに取り囲み見物される火葬場。

でも、周りのインド人もそんな外国人を見つけてはこっちから見れば10ルピーだ20ルピーだとお金を騙し取ろうとしている。

死者はただ聖なるガンガで清められヴァラナシィーで眠りたいだけなのに。

キャメルフェスティバル要注意! プシュカル

2008年1月23日


何も知らずにインドに到着した日が11月9日。プシュカルのキャメルフェスティバルは11月8日から15日までと聞く。

祭りと聞いたら血が騒ぐ私は日本人。

行くしかない。

プシュカル到着は12日、祭り真っ只中。お祭りだけに行った先でゲストハウスがフルということもあろうと思い車と宿をツアーオフィスで手配してもらってきた。

が・・・予約をしていても予約を塗り替えられるほどの盛況ぶり(!?)と悠長なことは言ってられない、なんでだ?なんで予約したのに部屋がないんだ?と繰り返し、何とかしてくれとわめくことでベッドひとつあるだけの安ゲストハウスに泊まることができた。

お金を払ってなんだってこんなことになるのか・・・意味不明だ。

祭りに出ると、雄大とまでは行かないが鳥取砂丘のようなこじんまりとした砂漠の中にラクダが何頭いるのやら、見渡す限りラクダラクダラクダ。

インドでは道を歩いていても ラクダと普通にすれ違うからラクダ自体は珍しくなかったけどその頭数に圧巻。

街は人が多くてどこに行っていいかわからないということでガイドを名乗り出たものに案内してもらう。が、しかし、こいつ、なぜか、走る、走る、走る。

何を急いでいるんだか・・・いい加減にして欲しい。

祈りをささげる湖まで来てヒンドゥーの神々に祈りをささげると最後にお布施を出して帰ろうというので1ドル出すと「おい・・・」という恐い目をする。

家族は何人だ?恋人はいるかと聞かれ僕の大切な人は総勢7人だということに決まった。7人だったら全部で70ドルくらい出さないとだめだと言ってくる。

ここに来ているインド人がそんなに出しているのか?外人だと思ってふざけたこと言いやがって・・・カレー1食80円のくせに・・・とあきれているとなぜかお布施の値段交渉が始まってしまった。

結局一人2ドルで15ドル。

日本のお参りでも5円しか出さないのになんで俺がヒンドゥーの神に1800円も出さなくちゃならんのだ・・・と頭にきていた。

伏せの際、抜き取るつもりかと見ていたがそうでもなく、おそらく、外人からいっぱい捲し上げてよいことをした気分になっているのだろう。自分の神様がよければ近くにいる外人が泣こうがわめこうが知ったことではないんだろう・・・

このガイドのうさんくささにすぐに断り、後は自分で何とかすると3ドルで別れる。

次にプシュカルまでつれてきてくれたドライバーとキャメルフェスティバルのメイン、ラクダ乗り場へ行きラクダライディングの値段を聞くと2時間で55ドルだという。

高すぎる。「見るだけでいいや・・・帰ろう」と言ったがドライバーがここまで来て乗らないのか?何しに来たんだ?と僕を戒める。

どいつもこいつも外人だと思って簡単に金を出すと思ったら大間違いだぞと怒り心頭。

「わかったわかった!15ドルなら乗ってやる!」とゆずらない構え。が、しかし、向こうももともと55ドルの料金を譲りはしない。結局29ドルでけりがつく。

ほんとにプシュカルではインド人に負けっぱなしだ。情けない。

ラクダは意外に乗り心地が良い。 地面を歩けばあれ買えこれ買えそれをよこせとうるさいがラクダの上は安全、楽ちん少々高かったけど至福の2時間でした。

翌日、ジャイブルに帰る時、ドライバーが「昨日の夜、君が神を前に祈りをささげなかったと言いこの車を探し出したやからに私は袋叩きにされた」と報告してきた。

あんなにお金を払って それにインド式の祈りのささげ方をわざわざガイドに聞きながら一コマ一コマ教えてもらいながらやったのに僕が祈りをささげなかった?祈りが下手すぎて祈りに見えなかったとでも言うのか?言いがかり甚だしい。頭にくる。

だがしかし、腑に落ちない点がある、この車でプシュカルに着いたのは祈りをささげる3時間ほど前ではないか!祈りをささげた後、この車には乗っていなかったからどうしてこの車に僕が乗っていたとわかる?言いがかり甚だしい。

おそらく、 到着時に日本人が乗っていたから単にそれを狙って強盗を試みたんだろう・・・祈りがどうとかこうとかは単なる言いがかりだ。ドライバーもそう思うと言っていた。

もうひとつ、可能性があるならば ドライバーがあとあとチップを要求するためにうってかかったウソの布石。。。か

どっちにしろ、腑に落ちないプシュカルピープル。祭りは日本でも騒いで盛り上がってけんかが始まるくらいだ。インドのどこかの祭りで強盗が起きても不思議ではない。気をつけなくちゃ。

うそつき天国 アーグラー

2008年1月23日

こんな題名でひょっとしたらインドが嫌いなの?と問われそうですがうそもうそだとわかっていれば楽しめるものです。

さておき、アーグラーといえば巨大なお墓で有名なタージマハール。

はっきり言ってそれしかない。。。

ちょっと離れたアーグラー城にしたってこのタージマハールを遠めに見るためにあるような建物のように思えるのはそれだけこの巨大な建物のインパクトが大きいということです。

写真で見ての通りですが、実際に見るとこれまた感動がある。

750ルピー、約2300円というインドでは破格の入場料でもアーグラーに来たからには入らないわけにはいかない。

車やオートリキシャで行けるのはタージマハール500m程度手前なのでそこから歩きます。入り口では 人力車や馬車がタージまで行くよと待機してますが徒歩5分なので、不要。知らない人が使うくらいでしょう。

だけどこの道がくせもの。向こうからミネラルウォーターやらペプシをすすめられても絶対に飲まないこと。睡眠薬強盗の流行通りだそうで要注意。

(そりゃ、これからタージマハールに入る外人がお金を持っていないわけがない・・・)

ちなみにタージ以外のところでは2ルピーでいいよぉーとリキシャワーラーが声を掛けてくるけどインド人が2ルピーで働くわけがない。

そこらじゅうにある商売下手の小さいタージマハールの置き物屋に連れて行かれて買わされるだけの話です。

リキシャに乗らなくても店からオヤジが走って出てきて腕をつかみ店の中に引きづり込もうとするからもう大変。レストランに入れば横からつまらない自己紹介と知っている日本語「こんにちわ」を連発して「楽しかったでしょ?チップをください」と半ば強引に取られる。うざいだけなのに。

アーグラーの人々のあまりのうざさに駅に向かう途中リキシャを捕まえようとしたらタージマハールに行くのか?今日はタージマハールは休みだと言ってくる。別にタージに行く気はないがタージマハールが休みなんてありえない!と「ユー・アー・ライアー!」おめーのリキシャになんか乗るものかと怒り背を向けて去ったがタージマハールは週に1回金曜日がお休みでその日は金曜日でした。

もう、うそつきだらけでつい・・・

インドの買い物は全部ジャイプルで

2008年1月23日

デリーから入ってジャイプル、アグラと行きデリーに帰る。このルートをゴールデン三角形と言うらしい。何が金色なのかよくわかりませんが。

そんなわけでたくさんの人が観光に来るこの地でもあまり知られていないのが世界有数の宝石の産地であるということ。それだけではありませんシルクの製造、デザイン、販売、それどころかインドで有名な楽器シタールを作っているところも多いらしい。

有名な商業都市なんですね。世界各地の商人が商談にやってきてます。

外国人がサクっとお店に入って買うのであればその値段はデリーなどとあまり変わらないのかもしれません。ですが、がんばって問屋さんを探してください。安く買えます。問屋だけに大量買いをすれば更に安くなるでしょう。

少々長めに時間を取り問屋を探し当てるのも通の旅。土産はここで買うべし。

遠く西の大都市コルカタでサリーを買うとき「これはジャイプルのサリーだ」と自慢げに話す店の主人が、ベナレスでもジャイプルに買出しに行っているから良いものがいっぱいだと自慢げに話すクルタパジャマ屋さんも皆、おっしゃるとおりジャイプルなのです。

というわけで彼らも種明かししているわけなのでジャイプルでまとめて買うべきですね。

街はデリーに比べれば落ち着いた街ではあるようですが、やはりそこはインド。ここまで混んでれば同じこと。観光より買い物を楽しむ場所のようです。

しいて言うならばアンベール城は丘の上にそびえたち眺めもすばらしく行く価値が充分。象に乗って丘に上るのも気持ちがよさそう。

僕は歩いて上りましたがまぁ、たいした距離ではありません。途中気の良さそうな象使いが「さわってみな」と笑顔で言ったのでおそるおそる触ってみると「はい、20ルピーね」と言ってくる。

「ただ、さわっただけだろうが!」と怒ると、フン、くそぉ・・・という顔をして象使いは去っていった。

ジャイプルに来てもインド人はインド人。

え・・・こんなインド人もいるのねぇと感動するインド人にどこで出会えるのであろうか?

というわけで商業都市ということでお金にたいする執着心が更に強いかもしれないので気をつけて行って下さい。