聖なるガンガの濁り バナーラス ヴァラナシィー

2008年1月23日


予定より1時間遅れで列車がバナーラスに到着。列車の中でインド人はヴァラナシィーと言っている。どうもそっちのほうがしっくりくる感じだ。

駅に着くと同時にリキシャワーラーが群がってくる。が、実は今回プチリッチ旅行をしている僕はホテルが既に手配済み。お迎えも来ることになっていた。

いらない!いらない!迎えが来るから!と言っても引き下がらないおっさん。

あたりを見渡し20分程度迎えを探せど僕の名前を持ったホテルスタッフが見つからない。その間、おっさんはずっと僕の後をついてきていた。いつのまにかおっさんと言うよりおっさんたちである。大行列。体は一つ、リキシャに乗るとしても1台にしか乗れないっつーに。。。

仕方なしにホテルまでリキシャで行くことにした。後ろについてきている間、勝手におっさんたちは値段合戦を始めて一番安いやつは10ルピーにまでなっていたので「じゃ、きみ、10ルピーで」とホテルに向かう。

ホテルで休み、ガンジス川、通称ガンガへ。ヴァラナシーのメインはガンガの沐浴風景。昼でも沐浴をしているおっさん、おばさん、にいさん、ねえさん、ウシさん。

ウシさん?そうです、沐浴をしている隣りでウシ君たちの群れが水浴びをしているのです。

もちろん、糞も尿も垂れ流し。その水を口に含み太陽を仰ぎ祈りをささげるおっさん。

オエェー

「地球の歩き方」にはここまできたなら沐浴をしないと!などと書いてますが体に自信のある人にだけオススメしておきます。日本人からは下痢をしたという人の話しか聞いてませんが中には大丈夫だった人もいることでしょう。

船に乗り沖まで。11月は乾季のため水かさが少なく中洲のきれいなところで沐浴をしている白人さんもいました。途中、死体がプカプカ浮いてましたが聖なるガンガにわざと身を流したわけではなく後で聞いたら最近、何かの事故があったそうでその死体だろうと。。。

水死体が流れてきたとき「あ、死体だ・・・」と軽く思えた僕も僕ですがここで目にするのは死体だらけなので目が慣れていたせいでしょう。

ヴァラナシィーでは屋外で行われる火葬。近くで見ようとしたら”Do you have mind?”「お前は心を持っているのか?」と怒られてしまった。確かに自分の親族の葬式や火葬に外国人の観光客がのこのこやってきたらいい気はしないでしょう。ガイドブックに載っていたからといって軽々しく見に来てしまった事に反省してすまなかったと立ち去リ遠くから眺めていました。

すると、にいさん、にいさん、見るには10ルピーだよ。と12歳くらいの子供がやってくる。

うるせーくそがきと子供と対等にけんかを始める私31歳。

そんな中、毎日、外国人が物珍しさに取り囲み見物される火葬場。

でも、周りのインド人もそんな外国人を見つけてはこっちから見れば10ルピーだ20ルピーだとお金を騙し取ろうとしている。

死者はただ聖なるガンガで清められヴァラナシィーで眠りたいだけなのに。

キャメルフェスティバル要注意! プシュカル

2008年1月23日


何も知らずにインドに到着した日が11月9日。プシュカルのキャメルフェスティバルは11月8日から15日までと聞く。

祭りと聞いたら血が騒ぐ私は日本人。

行くしかない。

プシュカル到着は12日、祭り真っ只中。お祭りだけに行った先でゲストハウスがフルということもあろうと思い車と宿をツアーオフィスで手配してもらってきた。

が・・・予約をしていても予約を塗り替えられるほどの盛況ぶり(!?)と悠長なことは言ってられない、なんでだ?なんで予約したのに部屋がないんだ?と繰り返し、何とかしてくれとわめくことでベッドひとつあるだけの安ゲストハウスに泊まることができた。

お金を払ってなんだってこんなことになるのか・・・意味不明だ。

祭りに出ると、雄大とまでは行かないが鳥取砂丘のようなこじんまりとした砂漠の中にラクダが何頭いるのやら、見渡す限りラクダラクダラクダ。

インドでは道を歩いていても ラクダと普通にすれ違うからラクダ自体は珍しくなかったけどその頭数に圧巻。

街は人が多くてどこに行っていいかわからないということでガイドを名乗り出たものに案内してもらう。が、しかし、こいつ、なぜか、走る、走る、走る。

何を急いでいるんだか・・・いい加減にして欲しい。

祈りをささげる湖まで来てヒンドゥーの神々に祈りをささげると最後にお布施を出して帰ろうというので1ドル出すと「おい・・・」という恐い目をする。

家族は何人だ?恋人はいるかと聞かれ僕の大切な人は総勢7人だということに決まった。7人だったら全部で70ドルくらい出さないとだめだと言ってくる。

ここに来ているインド人がそんなに出しているのか?外人だと思ってふざけたこと言いやがって・・・カレー1食80円のくせに・・・とあきれているとなぜかお布施の値段交渉が始まってしまった。

結局一人2ドルで15ドル。

日本のお参りでも5円しか出さないのになんで俺がヒンドゥーの神に1800円も出さなくちゃならんのだ・・・と頭にきていた。

伏せの際、抜き取るつもりかと見ていたがそうでもなく、おそらく、外人からいっぱい捲し上げてよいことをした気分になっているのだろう。自分の神様がよければ近くにいる外人が泣こうがわめこうが知ったことではないんだろう・・・

このガイドのうさんくささにすぐに断り、後は自分で何とかすると3ドルで別れる。

次にプシュカルまでつれてきてくれたドライバーとキャメルフェスティバルのメイン、ラクダ乗り場へ行きラクダライディングの値段を聞くと2時間で55ドルだという。

高すぎる。「見るだけでいいや・・・帰ろう」と言ったがドライバーがここまで来て乗らないのか?何しに来たんだ?と僕を戒める。

どいつもこいつも外人だと思って簡単に金を出すと思ったら大間違いだぞと怒り心頭。

「わかったわかった!15ドルなら乗ってやる!」とゆずらない構え。が、しかし、向こうももともと55ドルの料金を譲りはしない。結局29ドルでけりがつく。

ほんとにプシュカルではインド人に負けっぱなしだ。情けない。

ラクダは意外に乗り心地が良い。 地面を歩けばあれ買えこれ買えそれをよこせとうるさいがラクダの上は安全、楽ちん少々高かったけど至福の2時間でした。

翌日、ジャイブルに帰る時、ドライバーが「昨日の夜、君が神を前に祈りをささげなかったと言いこの車を探し出したやからに私は袋叩きにされた」と報告してきた。

あんなにお金を払って それにインド式の祈りのささげ方をわざわざガイドに聞きながら一コマ一コマ教えてもらいながらやったのに僕が祈りをささげなかった?祈りが下手すぎて祈りに見えなかったとでも言うのか?言いがかり甚だしい。頭にくる。

だがしかし、腑に落ちない点がある、この車でプシュカルに着いたのは祈りをささげる3時間ほど前ではないか!祈りをささげた後、この車には乗っていなかったからどうしてこの車に僕が乗っていたとわかる?言いがかり甚だしい。

おそらく、 到着時に日本人が乗っていたから単にそれを狙って強盗を試みたんだろう・・・祈りがどうとかこうとかは単なる言いがかりだ。ドライバーもそう思うと言っていた。

もうひとつ、可能性があるならば ドライバーがあとあとチップを要求するためにうってかかったウソの布石。。。か

どっちにしろ、腑に落ちないプシュカルピープル。祭りは日本でも騒いで盛り上がってけんかが始まるくらいだ。インドのどこかの祭りで強盗が起きても不思議ではない。気をつけなくちゃ。

うそつき天国 アーグラー

2008年1月23日

こんな題名でひょっとしたらインドが嫌いなの?と問われそうですがうそもうそだとわかっていれば楽しめるものです。

さておき、アーグラーといえば巨大なお墓で有名なタージマハール。

はっきり言ってそれしかない。。。

ちょっと離れたアーグラー城にしたってこのタージマハールを遠めに見るためにあるような建物のように思えるのはそれだけこの巨大な建物のインパクトが大きいということです。

写真で見ての通りですが、実際に見るとこれまた感動がある。

750ルピー、約2300円というインドでは破格の入場料でもアーグラーに来たからには入らないわけにはいかない。

車やオートリキシャで行けるのはタージマハール500m程度手前なのでそこから歩きます。入り口では 人力車や馬車がタージまで行くよと待機してますが徒歩5分なので、不要。知らない人が使うくらいでしょう。

だけどこの道がくせもの。向こうからミネラルウォーターやらペプシをすすめられても絶対に飲まないこと。睡眠薬強盗の流行通りだそうで要注意。

(そりゃ、これからタージマハールに入る外人がお金を持っていないわけがない・・・)

ちなみにタージ以外のところでは2ルピーでいいよぉーとリキシャワーラーが声を掛けてくるけどインド人が2ルピーで働くわけがない。

そこらじゅうにある商売下手の小さいタージマハールの置き物屋に連れて行かれて買わされるだけの話です。

リキシャに乗らなくても店からオヤジが走って出てきて腕をつかみ店の中に引きづり込もうとするからもう大変。レストランに入れば横からつまらない自己紹介と知っている日本語「こんにちわ」を連発して「楽しかったでしょ?チップをください」と半ば強引に取られる。うざいだけなのに。

アーグラーの人々のあまりのうざさに駅に向かう途中リキシャを捕まえようとしたらタージマハールに行くのか?今日はタージマハールは休みだと言ってくる。別にタージに行く気はないがタージマハールが休みなんてありえない!と「ユー・アー・ライアー!」おめーのリキシャになんか乗るものかと怒り背を向けて去ったがタージマハールは週に1回金曜日がお休みでその日は金曜日でした。

もう、うそつきだらけでつい・・・

インドの買い物は全部ジャイプルで

2008年1月23日

デリーから入ってジャイプル、アグラと行きデリーに帰る。このルートをゴールデン三角形と言うらしい。何が金色なのかよくわかりませんが。

そんなわけでたくさんの人が観光に来るこの地でもあまり知られていないのが世界有数の宝石の産地であるということ。それだけではありませんシルクの製造、デザイン、販売、それどころかインドで有名な楽器シタールを作っているところも多いらしい。

有名な商業都市なんですね。世界各地の商人が商談にやってきてます。

外国人がサクっとお店に入って買うのであればその値段はデリーなどとあまり変わらないのかもしれません。ですが、がんばって問屋さんを探してください。安く買えます。問屋だけに大量買いをすれば更に安くなるでしょう。

少々長めに時間を取り問屋を探し当てるのも通の旅。土産はここで買うべし。

遠く西の大都市コルカタでサリーを買うとき「これはジャイプルのサリーだ」と自慢げに話す店の主人が、ベナレスでもジャイプルに買出しに行っているから良いものがいっぱいだと自慢げに話すクルタパジャマ屋さんも皆、おっしゃるとおりジャイプルなのです。

というわけで彼らも種明かししているわけなのでジャイプルでまとめて買うべきですね。

街はデリーに比べれば落ち着いた街ではあるようですが、やはりそこはインド。ここまで混んでれば同じこと。観光より買い物を楽しむ場所のようです。

しいて言うならばアンベール城は丘の上にそびえたち眺めもすばらしく行く価値が充分。象に乗って丘に上るのも気持ちがよさそう。

僕は歩いて上りましたがまぁ、たいした距離ではありません。途中気の良さそうな象使いが「さわってみな」と笑顔で言ったのでおそるおそる触ってみると「はい、20ルピーね」と言ってくる。

「ただ、さわっただけだろうが!」と怒ると、フン、くそぉ・・・という顔をして象使いは去っていった。

ジャイプルに来てもインド人はインド人。

え・・・こんなインド人もいるのねぇと感動するインド人にどこで出会えるのであろうか?

というわけで商業都市ということでお金にたいする執着心が更に強いかもしれないので気をつけて行って下さい。

1日だけ許されたオーバー・ザ・ボーダー メーソートからミャワディ

2008年1月23日

朝7時にセットしてアラーム。疲れていたのか10分、また10分とリセットして結局7時半に目覚める。

国境は17時で閉鎖だ。どれだけの時間がかかるかわからないミャンマーのミャワディ。できる限り時間が作りたかったため8時にはホテルを出てソンテウを10バーツで拾い8時半には国境に着いた。

ぴりぴりしたムードの街と思っていたがそれを作っているのは自分の心の中だけではないか?と思いリラックスを試みた。

後から乗り込んできた白人が猫や犬、羊の鳴き声でミャンマー人の子供をあやしているのを見てなんだか妙にほっとしてしまった。

イミグレで出国許可をえて国境にかかる橋を渡る

国境のモエイ川をタイ人なのかミャンマー人なのか乾季のせいで水かさがないため悠々と歩いてわたっている

国境の威厳のなさ…イージーなんだとミャンマー人のおっさんが横から口を出してきた

ミャンマーの国境の街ミャワディに入国。

先ほど話しかけてきたおじさんがガイドを申し出た。

300バーツで3時間でシクロで案内するという

はなからそれが目的で話しかけてきていたのかと少し残念に思い断ろうと思ったが危険と名高いこの街で一人歩きするよりはいいかもしれない250バーツに下げられて粘るような商売根性のあるやつだったら断ろうと思い250といっきに50下げてみたが、軽く笑っていいよといってくれた。まぁ、それでもきっと良い値段だと思うけど。

ともに行く場所、お寺やマーケットはともかく幼稚園や村や丘、一人では到底入るに躊躇してしまうようなところへと案内してくれて結果的にとても良いガイドだった。

幼稚園の子供たちはよってきては珍しそうに知っている外国語をならべて笑っていた。

物をねだる様子もなく笑顔だけを振りまいていた。

あちらこちらで大注目を浴びる。タイでもヴェトナムでもここまでのことはなかった。

おじさんの名前はチョウトンさん

彼はタイがリッチでミャンマーはプアだとしきりに繰り返した。

これについては外国人になぜだと良く聞かれるけど私にも答えが出せないんだと言っていた。

ミャンマーの周りの国の文化は皆、ミャンマーから影響を受けている、いわばミャンマーこそがオリジナルなんだと言っていた。

なのになぜその私たちがプアなのか、答えは私にもわからないと

閉鎖的だからだよ…きっとそんなことはわかっているのだろうと思いあえて言わなかった

なんで、僕たち外国人はミャワディを一日で出て行かなくてはいけないんだ?なんで、ここから3km4kmのところにいくだけで逮捕されて刑務所に入れられてしまうんだ?

とチョウトンさんに聞いてみた。

なぜかイタリア語まじりの変な英語でよくわからなかったが来年・・・いや、2年後にもう一度来てくださいと言っていたのだけわかった。

きっと、ミャンマーから入ってインドやほかの国に行くことはできるようになっているはずだからと。

これは多分、国民全員の願いなのではないかと思ったりもした

ミャンマー人はみんなタイ人が嫌いなのか?

そうです。きらいです。

そんな言葉を聞くとタイのアユタヤにあるミャンマーとの古い戦争の傷跡を傷跡のまま残しておくことの意味を見失ったりもした。

あなたをあの寺まで連れて行きたいと山の中腹にある遠くの寺を山の上から指差した。

きれいなんだ。景色もいいんだ。でも、私一人なら行けるけど、もしあなたを連れて行くと私もあなたも刑務所に入れられてしまうんだ

ここから3kmくらいのところには野生の虎もいる自然の多い国だ。私はあなたに見せたいんだ。でも、できないんだ。

僕にはこんな苦悩を感じたことはあるか…僕は涙が出そうになった。自分の国の自慢の場所に連れて行きたいのにそれすら許されないなんて。

最後にミャンマービールを飲みたいといって食堂に入った。

思いのほか、おいしい。思いのほかというよりも、かなりイケル。

うまい!正直な感想を述べるとミャンマービールは日本を含めたアジアのビール大会でのチャンピオンビールなんだよと教えてくれた。

それだけでも、かなり見直した国だ。

それにミャンマーカレーとてもうまかった。お世辞抜きにうまい!と感じたことをそのまま伝えた。ビール3杯含めて100バーツ。タイだったらおよそ220といったところか・・・

あなたの国のガイドブックやテレビ、新聞で危険だと書かれていることは知っているんだよ。でもね、どうだった?とてもピースフルだろ?

そうだねと答えるしかなかった。5時間で何がわかると自問してしまいそうだったけどそれしか与えられないミャンマー政府の姿勢を理解できなかった。

空港から入ると滞在は可能だという。でも、陸路から入ることで得られるものはかなりある。国の端から入ることが本来は普通のことなんだと思う。端から入りその反対側に抜けていく。それがこのミャンマーでいつかできる日が来たらしてみたいと思った。

ミャンマーとの出会いもまた大きな宝になった。

そこにラオスが見えるから

2008年1月23日

陸路国境はタイからマレーシア、マレーシアからシンガポール以来の今回。

タイからラオスに渡る!

しかも、国境でビザを取得しなくてはならないのは初めて

だがしかし、僕はけっこうなめていた。

仲の良いタイからラオスへ渡るなんてきっと朝めし前だ。

ガイドブック「メコンの国」を見るとビザ代は30ドルと記載されているが米ドルなんて今回は持ってきていない。

「まぁ、タイバーツでなんとかなるんでしょう・・・」とお気軽な構え。

プラス写真が必要と書いてあるけど、なくても大丈夫と言っていた人がネット上にたしかいたっけなぁ?とこれも用意していない。

ネット上に転がっている都合の良い体験談を優先してしまうのは悪いくせだ。。。

どうにかなるさでタイの出国管理事務所へ行く。

そこでは行った先のことなど知らん!という感じで簡単に出国スタンプをくれる。

米ドルはあるのか?写真は用意したのか?なんて聞いてくれる親切な公務員はいないのです。

10バーツで国境を越えるバスに乗る。

メコン川を渡って国境を越える。そんなバスに乗っている。気分が高揚してくる。

ボーダーを空中で超え「ラオスだ!」

最高の気分。

バスはメコンを越えてラオスのイミグレーションに到着する。

さて、入国審査だ。

入国シートに記入しなくてはって・・・あ、ペンがない。。。

恐ろしいくらいに国境をなめている自分。

この先、この国境を目指す人たちよ!先に言っておきます

ペンと写真と30ドルは用意していってください。

とりあえず近くにいた中東っぽい人にペンを借りて「ここは何を書くの?」なんて聞きながら入国シートを仕上げる。

そしてイミグレーションの列に並ぶが、親切な中東の彼がいっしょにやってあげるからパスポートをかしなと言ってきた。

いやいやパスポートを人に渡すなんていくら親切でもできませんよ。

僕の番になり係員にパスポートと入国シートを渡す。

入国シートに写真が貼ってないのをみて「写真!」というので「ない」と言うと彼はおまえはバカか?というような感じでこちらを見ている。

やっぱりダメか・・・と最後の手段で用意していた普通のスナップ写真を差し出すがこれでは、規定のサイズより大きすぎる。

そこで規定のサイズどおりにペンで線を引き、カットプリーズと係員に差し出すと係員はその写真の僕の顔の部分だけを切り取った。

律儀やのー・・・と感心していたが、規定サイズギリギリに切って顔がいっぱいいっぱい。

周りの人たちも笑っていた。

みんなの写真はバストアップなのに僕のは顔がはみ出るくらいだった。

和やかなになった中、「30ドル」と言われて再び、「ない」と言うと、「タイバーツはある?」と聞いてくる。

ほれほれやっぱりタイバーツでも行けるんじゃないかーと思いきや「1500バーツね」だって。

やっぱりビザはどこでも米ドルかいな・・・30ドルで済むところ1500バーツということは日本円で約1500円ロスした。

皆さんは国境を越えるときは準備万端で臨んで下さい。

でもここは平和な国境です。